東浩紀について

みなさんこんにちは。こんばんは。おはようございます。

🐻です。今回は東浩紀について書く。

私は焦っていた。母がステージ4の大腸ガンを患い、余命が殆ど残されていないことを知らされていたからだ。

サボり受験勉強で合格して通っていた大学生活も順調に進んでいたとは言えず、何かしら自分の中でケジメをつけたかった。
「そうだ。思想や哲学に触れれば、多少は救われるかもしれない」
SNS中毒で軽薄な私は、藁をもすがる思いで東浩紀が運営していたゲンロン友の会なるものに入会した。

動画コンテンツやメルマガ、書籍など価格以上のサービスを私は享受していたと思う。
軽薄なので、Twitterのプロフィールにも「ゲンロン友の会に入りました」などと書いてしまった。
また、ある時は『ゲンロン0観光客の哲学』刊行記念の講演会にも行った。
偶然であるが、その講演会で、私の通っていた大学の顔見知りの教員が私の隣に座った。私はその教員に一切挨拶をしなかった。私はその教員が大嫌いだった。
というのも、その教員は大学の講義の一コマで竹中平蔵のビデオを見せるだけのつまらない講義をしていて手抜きしていたように記憶しているからだ。
そんな手抜き講義を受けるくらいなら、1度でいいので母の授業を受けてみたかった。
『ゲンロン0観光客の哲学』で東浩紀はカールシュミットの友敵理論を援用していた。
石牟礼道子さんの『苦海浄土』も講演会の中で紹介されていた。
熱心に聞いていたが、その時は「ふーん」としか思っていなかった。
他にこの本で印象に残った箇所は「個人でも国家でも階級でもない、第四のアイデンティティの発明あるいは発見が必要である」と記述されていたところだ。

それから約半年ほどして母は他界した。他界する前のホスピスに母の勤務先の校長がヘラヘラしながらやってきた。その校長は私にこう言った。「あんなに元気だったのにねぇ。復職されると思っていたよ」
通夜も葬儀も様々な方が参列なさっていたが、参列している連中なんて正直どうでもよかった。

さらに時は経ち2019年。津田大介さんが監督を務める『あいちトリエンナーレ2019』が開催された。中日ドラゴンズファンの父と一緒に愛知に行くことになった。その『あいちトリエンナーレ2019』のプログラムの一つである『表現の不自由展』がSNS上で大炎上していた。
私が会場を訪れた際にも、右翼というかチンピラのような人が、会場の入り口付近で何か叫んでいた。
それでも、私も父もトリエンナーレのプログラムをそれなりに楽しみ、ナゴヤドームで中日vs巨人を観戦し、いい旅行ができたと思った。

ただ、ネット上では一波乱あり、東浩紀と津田大介さんの間でも何やら揉めているようだった。

そして2020年。COVID-19 というウイルスが日本に上陸した。政府による緊急事態宣言がだされ、東京オリンピックは延期となった。私は東京オリンピックなんてどうにでもなれと思っている。
ウイルスの性質上、感染拡大を防ぐには可能な限り活動を自粛し移動を制限する必要があるとされている。今現在(2020年12月末)となっては、COVID-19は世界中で感染拡大し、莫大な死者を出していることからもこのウイルスが普通の風邪やインフルエンザと同列視して語るのはおかしいはずだ。それにも関わらず、東浩紀は自身のインターネット放送で、三浦瑠麗や小林よしのりと一緒になって「コロナなんて雑魚キャラ」と言い放っていたのだ。

 

以前にも書いたが、私には医療従事者の知人友人がいる。自分が実生活で仲良くしてきた友人や知人とちっぽけな思想家東浩紀のどちらか選べと言われれば、私は当然友人知人の心配をする。

また、東浩紀や三浦瑠麗や小林よしのりがこうした酷い言動を誰かに言わされている可能性もあるだろう。
しかし、知ったことではない。最終的にそういう発言をしたのは彼ら自身なのだから。

しかも、それには留まらない。東浩紀と親交のあった美術評論家の黒瀬陽平が女性に不倫を持ちかけハラスメントをしていたという噂が広まっていたのだ。
この一件でも、外から見ると東浩紀は黒瀬陽平との関係を切断しているようにに見える。
勿論、被害者女性が告発した内容に嘘がなければ、ハラスメントや不倫をした黒瀬陽平が100%悪いだろう。私が問題視しているのは、東浩紀が「友と敵を乗り越える」と語っているのに彼自身が問題解決から逃げて、黒瀬陽平との関係を切って責任回避することで事態を終息させているように見えることだ。

様々なことを書き散らしてしまった気がするが、私が東浩紀を信用しないでゲンロン友の会を辞めると決めた理由は、大きく3つある。

1つ目の理由は、東浩紀が「友と敵」を乗り越えるという素晴らしい理想を語っているのに、外から見ると、東浩紀自身が仲間を裏切り、友と敵を作って分断を煽っているように見えるから。

『あいちトリエンナーレ2019』の一件で津田大介さんとの約束を安易に裏切っていた。これは作品自体の評価とは全く別問題だ。私は『表現の不自由展』の昭和天皇の写真を燃やす作品は良いとも悪いとも言えない。ただ、年配の方々にこの一件について聞くと怪訝な顔をされたり、「そんなことする必要があるのか」と叱責されたりすることが多い。
この作品の評判が悪くなってしまうのは、事前に津田大介さんも東浩紀も分かっていたはずだ。
であればこそ、内内で交わされたであろう津田大介さんとの約束を破ってしまうのはおかしいと思う。
美術評論家黒瀬陽平との一件もそうだ。問題解決ではなく、責任回避をしているように見える。

2つ目の理由は、COVID-19を「ただの雑魚キャラ」とネット上で発言していたから。

なんの根拠や確信も持ち得ていないのに、そんな発言をよくできたものだと思う。仮に誰かから炎上目的で言わされていたにしても、あまりに酷い。その誰かが見えないのが尚更不気味だ。

3つ目の理由は、私が『ゲンロン0観光客の哲学』で実は1番気に入っていた記述箇所の「個人でも国家でも階級でもない、第四のアイデンティティの発明あるいは発見が必要である」を東浩紀自身が実践していないように見えたから。

これは東浩紀の言う「友と敵を乗り越えること」にも「第四のアイデンティティ」にも共通しているように思えるが、一連の流れを見ていると、彼の語る理想に彼自身が嘘をついているように思えてしまう。彼が理想を実践している部分(柳美里さんの執筆活動をゲンロンと支え合っているのも大変素晴らしいと思う)はあるにせよ、そうでないように思えてしまうことの方が多い。「商売だから理想を実践できないのは仕方ない」と切り捨ててしまうことはできるかもしれない。でもそれは「商売」と「理想」をトレードオフの関係にして「理想」を捨てていることになってしまうのではないだろうか。
そして東浩紀がTwitterで度々リベラルや左派の政治発言を抑圧/冷笑してみせているのは何故なのだろう。
彼は第二次安倍政権以降、自民公明維新の政治家連中の政治責任を棚上げにしてリベラルや左派を度々バッシングしている。SEALDsの時もトリエンナーレの時もCOVID-19の時もそうだ。先程も書いたが、誰かに言わされているのだとしたら尚更不気味だ。結果的に私はゲンロンへの暴言をTwitterに書いて東浩紀からTwitterでブロックされた。
得体の知れないものに私はこれ以上ついていけない。

私が思うのは以上だ。お目汚し失礼しました。今までありがとう東浩紀。さようなら東浩紀。

それでは。🐻でした。

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